
以前勤めていた会社に市村さん(仮名)というキャバ嬢みたいな女子社員がいた。
彼女の顔が平べったいので、男達は陰で"ヒラメ"と呼んでいた。
彼女は年下だが、専門学校卒で入社は僕より2つ先輩にあたる。
僕達新人のことをあれこれよく面倒を見てくれていて、
僕はそんなヒラメのことを心のうちで憎からず思っていた。
入社一年目のことだ。
僕と同期の豚沢君は独身寮に課長を呼んで、
焼肉でもてなす会を開いた。
メンバーは僕と豚沢君と課長の3人だけだ。
今、この場だから言えるが、僕は課長のことを心の中で"河馬"と呼んでいた。
顔の造作が河馬みたいなのだ。
河馬は終始上機嫌で、よく食べよく飲んだ。
僕達もついつられてたくさん飲んだ。
河馬は息子が進学校に通っていて、良い大学に入れそうだと自慢ばかりしていた。
もっとも、河馬の自慢は豚沢君のヨイショが上手かったせいなのだが…。
そこらあたりから記憶がない。
気がついたら自分の部屋で寝ていて朝だった。
昨日の服装のまんまだったが、ちゃんと布団をかぶって寝ていた。
失われた記憶は豚沢君が広めたウワサで補完するしかない。
ウワサによると、僕と豚沢君は河馬を独身寮の門までお見送りをし、
タクシーが来るまでの間、僕は立ちションベンをして、
その格好のまんま、つまり下半身を露出させたまんま、
「市村さんをお嫁さんにしま~す!
市ちゃんと結婚しま~す!」
と大声で叫びながら寮の敷地内をぴょんぴょん飛び跳ねていたというのだ。
ああ、おぞましい。
下半身を露出させて、というのはおそらく豚沢君の創作だろう。
朝起きたとき、ズボンのチャックはちゃんと閉まっていた。
出世競争の激しい会社だったから、僕の記憶がないのをいいことに
ここで蹴落としてしまいたかったのだろう。
しかし、市村さんを嫁にします宣言はどうなのだろう?
寮にいた他の誰かも聞いていたのだろうか?
学生時代にコンパで好きでもない小雪ちゃんにキスを迫りみんなを困らせ、
しかもその記憶がないという経験もある。
潜在意識とはそーゆーものだ。
本人の意識にはないもののことだ。
それからというものの、河馬はしきりと僕と市村さんの仲を気にするようになった。
早くアタックしろよ、と目で合図を送ってくる。
僕も確かに憎からず思ってはいたが、
毎晩仕事から疲れて帰ってきて、そこにヒラメが
「お帰りなさ~い。」
と出迎えてくれる図を想像すると、どうもその気になれない。
やがて河馬は、
「あいつは、ゆうてることと行動がともなわん。」
と僕にマイナスの評価を与えることになってしまった。
その後、僕は三重県の工場に転勤になったが、
今にして思えば、河馬とヒラメは出来ていたのだ。
河馬は自らの不倫を清算すべく僕にヒラメを押し付けていたのだ。
誰からもプロポーズされず、今やお局様となった市村さんの怨念は計り知れず、
とうとうこのような映画までをも製作し、
キューピーに結婚を迫るまでに至ったのである。
あな、恐ろしや、女の情念。
「なに斬るかわかんないよ、
見えないんだからさ」